常識の通じない車、フェラーリ
先日NHKラジオを聞いておりましたらば、イタリアの日本語補習校に通うイタリア人と日本人の国際結婚で生まれ、ダンテ高校という格好いい名前の現地の高校に通う男の子が作文を読んでいました。その子によれば「イタリア人と日本人は考え方がまったく違う」とそうで、なるほどそうだろうなと思いました。
車というのはそれを作った国の文化や思想を反映していますので、日本車は日本の、イタリア車はイタリアの文化と考え方を色濃く映し出していると思います。
イタリア車の中でもフェラーリは更に濃い車で、色々な意味で日本の常識が通じないところがあります。
例えば洗車、日本では水をかけて洗車するのは常識ですが、フェラーリ、モンディアルの場合、すかあふぇいすさんによれば、ボンネットフードに水をかけて洗車するととんでもないことになるそうです。 ボンネットフードにはスリットが沢山あって、バッテリーなどが丸見えです。ここにはヒューズボックスやリレーボックスもまとまってありますから、私も水をかけるのはどうかと思っていましてやったことがありませんでした。国産車の場合、エンジンルームを水で洗車するときには、オルタネーターやディストリビューターなどの電装品に水がかからないようにカバーをしますが、フェラーリの場合はボディの上から水をかける場合も同様の注意が必要だと思いました。(もっともフェラーリの場合、車種によるのでしょうか、工場で洗車機にかけて車を洗っている衝撃のシーンが20年近く前のカーグラフィックTVで紹介されて話題になったことがあります。)
そもそもフェラーリというのは使用済みのグランプリカーの中古をペイントしてナンバーをつけられるようにして金持ち向けに売り出したらば大いに売れたというのが創業時の姿だったようです。ですから快適性や信頼性というのはあまり眼中になかった。しかしその後、それがあまりに売れるものですから大量生産を始めた。でもエンツォフェラーリ自身はロードカーの生産には興味がなかったので、フィアットに株の大半を売却してしまった。そこからフェラーリの量産ロードカーの時代が始まった、という歴史的経緯があります。
しかも大量生産を手がけた技術はトヨタではなく、フィアットの技術ですから、そこは信頼性や快適性という点では、日本車やドイツ車の水準から比べるとどうしても一歩も二歩も譲るところがあります。(フィアットの車はイタリア国内でもドイツ車や日本車に比べて競争力を持っていないようです。)
値段は高く、高級車のブランドイメージがありますから、セルシオに乗る人がその延長線上でフェラーリを買うといたくがっかりするのも至極当然です。
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コメント
すかあふぇいすさん、こんにちは。
日本車も壊れない訳ではないです。ただ、多くの場合10万キロ程度は持つように作られているので、平均的な利用では壊れる前に手放してしまうのが実態なんだと思います。
セルシオも高級車だけあって、重要部分が壊れると結構修理代が高いっていいますね。知り合いにセルシオを新車でかって壊れたら、ディーラーでは理由をどうしても説明してくれず、もう二度と買わないといっている人がいます。
日本では壊れると悪いイメージを恐れますので、そういう風土が三菱自動車のリコール隠しなどにもつながっているのかも知れませんね。
イタリア車は壊れても隠そうとせず、当然であるかのようにあっけらかんとしているのがイタリアらしいです。考えてみれば壊れない機械なんてない訳ですから、そういう割り切りもあるのかもしれません。
壊れないには越したことはありませんが、壊れないことを絶対視しすぎて壊れたことを罪悪視したり変に隠したりすれば、これもおかしいことだと思います。
投稿: ディドリ | 2005.03.30 07:55
ディドリさん、今晩は。
ディドリさんの記事は本当に勉強になります。
僕には絶対書けない文章、恐れ入ります。
さて、洗車の件ですが、あの時はびっくりしました。
実は洗車をしたお陰で壊れた?ライトを点灯するとメーターパネルが点かずにハイビームランプが点く件は今でもたまに起こります。。。トホホ
あの時は昔のイタ車と言うものを良く知らなかったので、何故イタ車は壊れるのだろう?
と思っておりましたが、最近は何故日本車は壊れないのだろうと思うようになりました。
日本車って凄いですね!
投稿: すかあふぇいす | 2005.03.30 00:27